2018年02月19日

図書館でゆっくり過ごす癒しの半日

「寒い日にはイオンモールで過ごしましょ」的なBlogは先日UPしました。

この時期の定番です。

今日は、その図書館バージョンというわけです。


toshokan_benkyou.png今年の4月からはほぼほぼ完全定年になりそうですので、居場所探しの真っ最中というところです。

家庭菜園したり、釣りやドライブや小旅行に行ったりする以外にも安く過ごせる居場所を探しています。

公園でぼんやり・・・というのをやってみたんですが、短気な私には30分ももちませんでした。


そうだ。

図書館がある・・・というしだいです。

大きな街中の図書館は敷居が高そうに思えますが、近くの町立図書館なら敷居が低そうです。

親子連れや中・高校生が多く訪れているせいでしょうか。

それとも司書さんが、町内のおばちゃんばかりだからでしょうか。


本棚が低く、ワンフロアーに全てのコーナーが設置されています。

本が中心ではなくって、訪れた人が利用しやすいように出来ていますね。

幼児用の絵本コーナーがあるかと思えば、反対の壁際には学生のための学習用ブースがずらり。

雑誌コーナーには、中・高年者が多いようです。

AVコーナーもあって、多年齢、多目的に対応しているように見受けます。


読書・閲覧コーナーの一部は外に面していて、大きな窓から見える景色が気持ちいいです。

暖房の効いた施設内に入り込む太陽は光が柔らかくって、油断したら眠ってしまいそうです。

建物の入り口付近には、食事をしながら読書が出来るコーナーもありますので、半日くらいならゆっくり過ごそうです。


夏は冷房完備なんで快適に過ごせることでしょう。



posted by 田沼 at 05:24| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月06日

PCは定年後の必須アイテム

PC(タブレットやスマホを含む)のおかげで楽しい毎日を過ごしています。


なければないで生活することはできますけどね。

その点は、車や冷蔵庫、洗濯機、炊飯器等々と似ています。

computer_ojiisan.pngしかし、生活を豊かにし、便利にしてくれるというところが共通点のように思います。



PCでTVも観られるし、予定表を作成することだってできます。

百科事典の役目さえしてくれます。

分からないことをメーカーに問い合わすことだってできます。

家族間の連絡は、Lineアプリを使えば無料になります。

写真だって、今後は通貨だって送れます。

ナビの代わりも、ドローンの操縦もできます。


使いこなすと、楽しくて便利なことばかりです。


第一、このブログで自分の思いを文字にして発信できていますし、動画にして自分の放送局をつくることだってできます。

最近は、その動画で月に100万円も1000万円も稼ぐ人がいるというじゃないですか。

私にもその才能が欲しいところです。


趣味の家庭菜園にかかる情報やお天気情報、事件・事故の情報等々を集めることは、日課になっています。


思い起こせば、30年ほど前に無理やり研修させられた時からの付き合いです。

研修してよかったです。

当時は難しい言語を使っていました。

機械いじりが得意な人だけの家電でした。


それが今では、万人が利用する家電になっています。

Windowsの発展も手軽に使えるようになった要因でもありますね。


これからどんな機能が加わるんでしょう。

楽しみにしながら、今日もキーボードに向かっています。


追伸

小1の孫娘は、プログラミングアプリで漫画を動かしてます。

あと10年もすれば、本物のプログラミングをすることでしょう。

おそろしい世の中です。






以下は同じカテゴリの記事です↓
posted by 田沼 at 06:13| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月05日

定年後をテーマとしたTV・雑誌情報は?

この時期になると、「定年後」あるいは「老後」をテーマにした情報が多くなります。

TVも雑誌も競うようにして報道しています。

何度も同じような記事を書いていますが、私には遠い世界のものばかりのように見受けます。


chuunen_neet_snep.png「老後破産」

田舎には破産するほどの金の使い道はありません。

日々がゆったりしているもんで、あえて金を使いたいとは思いません。

世界旅行をしたいとも投資に走りたいとも思いません。


「独居老人」「孤独死」「社会参加」

一人で居ようが居まいが個人の自由です。

一人に慣れた人は、その方がストレスは少ないはずです。

だいいち「社会と繋がっていない生活」なんて、不可能です。

よっぽど山奥か、無人島に住まなくっちゃ無理な注文です。

繋がり方の程度の問題をあれこれ言っても始まりません。

無理して「積極的な」社会参加を画策することなんて必要ありません。

人それぞれですから。



社会に関わらないと認知症の発生率が・・・という報道を聞きました。

率の問題でしょう。

「何々すれば健康にいい」

なんて話はいったいいくつあるんでしょう。

その全部を気にしていては、それだけでストレスが溜まってしまいます。

焦らずとも社会との繋がりは自然に出来ます。



「年金だけでは将来が・・・」とか「余ったお金は投資に・・」

こんな話は論外です。

オレオレ詐欺と同じですので、信用しては駄目です。

素人が手を出して儲かるはずがないじゃないですか。


TV番組では、定年後にレストランやそば屋を開業して幸せな生活を送っている人を映し出します。

「氷山の一角」的な物語ではないしょうか。

ましてや、退職金を使って・・・とか、借金して・・・なんては無謀すぎます。

水商売というのは、流れやすいんです。

これまでに経験がある人ならいざ知らず、一攫千金とか夢の実現なんて、そう簡単に世の中にころがっていません。

余裕分の資金を使うならいいかもしれません。



「一生は一度きりなんで・・・」なんて、焦らなくもいいんです。

そのうちに、やりたいことが必ず向こうからやって来ます。

かくして「定年後」や「老後」をテーマにした「TV・雑誌情報は」眉唾ものということになるのであります。



定年後は、身の丈で生活しましょう。

焦って、無謀な動きをしないようにしましょう。

じっくり待ちましょう。

時間はいっぱいあるんです。

その内、動きたくなりますから。


定年まで一生懸命働いた人は、それなりの経験や見識を身につけています。

自分の経験や見識を信じましょう。

ギャンブルや贅沢に湯水のようにお金を使う人は、定年する前に破綻しています。

くれぐれもTVや雑誌の情報に惑わされないようにしましょう。



posted by 田沼 at 05:33| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月16日

4月からはほぼほぼ完全定年に

4月からは、ほぼほぼ完全定年になりそうです。

「ほぼほぼ」と書いたのは社会貢献的な仕事が残っているからです。

完全には気が抜けない日々が、まだまだ続くことになります。

それでも、月に2〜3回の仕事ですので、責任は重いものの自由になる時間は比べ物にならないほど多くなります。



60歳で定年するころは、何も仕事をしないつもりでした。

ありがたいことに仕事を世話してくださる人があって、定年後4月から第二の人生がスタートました。

それでも、当時は週に2〜3日の出勤でしたので、自由時間はいっぱいありました。

鈍行列車に乗ったり、ちょいと日帰りの旅に出たり。

毎日のように市民農園に出かけては、土や野菜と戯れていました。

春の日差しの中で汗をかくことが、何にもまして幸せに感じたものでした。


その後、さらに新しい仕事もお世話いただいて、充実した毎日が続きました。

ha_kenkou_oldman.pngそれでも、3年。

もう限界です。


身体的にはまだまだやれそうなんですが、気分的に追い詰められました。

残り少なくなった人生を仕事づくめでいいんだろうか?という疑問が頭の中に充満し出しました。

真面目人間ではないいし、アウトドア、農的人間な私です。

一時期は田舎暮らしにあこがれた時期もありました。


それなのに、毎日のようにビルの中で仕事をしていることにストレスを感じ出したんです。

仕事に不満があるわけでもなく、人間関係に悩んでいるわけでもありません。

いや、むしろ遣り甲斐を感じる仕事ですし、周りの人々は優しい人ばかりです。


毎日決まった時間に出かけて、ビルの中で過ごし、組織的に動くことがどうにもストレスになってきたんです。

こうなったら、いけません。

後進に道を譲るべき時期なんだろうと勝手に解釈して、上司に辞意を申し出たのが昨年の10月でした。


さあ、有り余る時間をどうやって過ごしましょう。

長男に話したら、「一人でできる仕事を始めたらいい」とのこと。

自由業の彼だから出てくる発想です。

でも、すばらしい発想だと思います。

組織の中で40年も働いてきたんです。

ここいらで、方向転換するのもいいかもしれません。

ちょっとワクワクしています。

だって、4月からは第三の人生が始まるんですから。

定年プロローグが終了し、ついに本章が始まるという気分です。



posted by 田沼 at 06:15| Comment(3) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月24日

知人が転職するかも知れません

知人が転職するかも知れないという相談を受けました。


既に十分なキャリヤを持つ知人です。

将来的にもある程度の地位が約束されている人です。

いろいろな人間関係を積み重ねてきた人です。

life_wakaremichi_businessman.png

常識的には、「思いと止まりなさい」というのが筋でしょう。

しかし、知人の人生です。

他の者がとやかく言えるものではありません。

第一、もう決めているような雰囲気もあります。



それでも、事情を聞いてみると、家族とのこと、仕事のこと、健康のこと等々。

聞けば、納得がいくことばかりです。



特に仕事のことでは身につまされる思いがしました。

今の状況からするとある程度の地位まで昇りきるかも知れないが、それ以上のことは望めないだろうと言います。

というのも、最近本社のプロジェクトチームに転勤になったら、周りがみんな優秀な人ばかりなんだそうです。

知識や判断力等では負けはしないが、上司との付き合い方や自分の時間を犠牲にしてまで仕事に打ち込む姿勢等々が自分の非ではないんだそうです。

上司と飲み会に行けば二次会や三次会は当たり前。

場の盛り上げ方も半端ないんだそうです。

休みの日でも、ゴルフや麻雀に付き合っているそうです。

また、毎日の時間外勤務どころか、土日の出勤も辞せずといった姿に圧倒さるそうです。


自分が求める人生、生き方とは随分違っていて違和感を覚えるそうです。

この先、この連中と一緒に働いていても心身の安定さえも心配になってきたという話。

サラリーマンなら、誰しもが一度は味わう思いでしょうね。



相談と言いながら、やっぱり彼の気持ちは固まっているようです。

それなら、背中を後押ししてやるのが私の役目だろうなと思いました。

それで、マイナスをプラスに転じるいくつかの考え方、アドバシスを送りました。


まだまだ若い彼です。

違った人生を歩みだしても、おもしろい人生になるかもしれません。

きっと、これまでのキャリヤも生かせるに違いありません。

決定までにはもう少し時間がありそうなので、出来るだけの時間を共有したいと思っています。


本当の決心は、飲み会になりそうです。

仲間を読んで、どんちゃん騒ぎの中で話を聞いてやろうかと思っています。




posted by 田沼 at 13:20| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月04日

身の丈の範囲内で生きると幸せになる

一般的に言う成功者って、どんな人なんでしょうね。

誰もが認める社会的地位や名誉を得たり、大きな財産を築いた人というところでしょうか。



そういう点からすると、私はまあまあ中途半端な成功者ということになるでしょう。

ただし、誰もが・・大きな・・立派な・・一番・・・とか言われたら、ちょいとあやしいところがありますがね。

苦労せずに定年後を過ごしているんですから、負け組というのとも違いそうです。

NB10_19.JPG寄って立つ目標地点が低いとも言えそうです。



歩んできた人生、それ以上のことを望もうにも、身の丈というものがあります。

自分が持って生まれた才能や気力、体格、能力等々に起因するんでしょう。

物事の見方、考え方というのも、その中に入るかも知れません。


まあ、その身の丈の中で私なりの努力をしてきましたので、今は自分を褒めてやりたい気分です。

それ以上のことが出来ないんですから、その時点まで高められた自分にはエールを送りたいと思います。



人の導きがあり、運に恵まれたこともありました。

奇跡的に身の丈まで来られたんだろうとも思います。

今が最高の地点です。



誰でも身の丈を基準にすると、案外達成するのも容易かも知れません。

結局、身の丈というのは達成可能目標ということになるんでしょうかね。

優秀な人には「目標が低すぎる」と言われるかもしれませんが、そこに幸せを感じるのならこれも「有り」ということではどうでしょう。

常に高い目標、身の丈以上の目標を立てて努力している人は、それはそれは素晴らしい人だと思います。

ただ、自分は違う…というだけなんです。

生き方の問題です。


太陽の光を浴びながら、野菜づくりをするのが楽しいと思える人生。

月に何度も子どもたちが孫を連れて来る、ワイワイガヤガヤの家が楽しいと思える人生。

気のいい仲間と酒席を囲んで、冗談ばっかり言って過ごすのが楽しいと思える人生。

ネットやTVを観ながら、勝手に評論家するのが楽しいと思える人生。

自分の部屋があって、温かな暖房の中で好き勝手に過ごせるだけで楽しいと思える人生。

・・・・と、思えるくらいに柔らかな人生です。



この先も、身の丈の中で努力して、楽しい毎日を過ごしていきたいと思います。

自分が届く範囲に目標を設定して、無理なく努力しながら過ごしていきたいと思います。





posted by 田沼 at 05:33| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月02日

迷ったら楽しい方を選択することにしています

基本的に、自由に行動できるのが定年後の人生です。

我慢したり、無理をしたりして生活するのはもったいない気がします。


今も仕事をしていますので若干のストレスがありますが、新しく得た知識や人間関係を楽しむように心がけてもいます。


tehepero3_man.pngましてや、自分だけの時間は「楽しいと思えることだけやる」に徹しています。

見栄や外聞が全く気にならないと言ったら嘘になりますが、努めて気にしないようにしています。

誰かが何かを言うだろうなとか、批判されるかるかも知れないなと思いながらも「楽しいと思えることだけ」を選択しています。

定年後は、自分の時間なんですから・・・。


世のため、人のため・・・なんて思っていたら疲れてしまいます。

ボランティア的なこともやっていますが、それは自分が楽しいからです。

地域社会の行事にも参加していますが、やっぱり生活に変化が出て楽しいからです。

決して、地域の一員だから・・・なんて大仰に構えてはいません。



厳しそうなこと、愚痴を言ってしまいそうなことからは、基本的に逃げるようにしています。

君子危うきに近寄らずです。

それでも、どうしても逃げられないようなら、楽しむ要素を探すようにしています。

定年後の人生は、楽しんでなんぼの世界じゃないですか。





posted by 田沼 at 06:40| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月26日

私には葬式も戒名も全く不要です。

以下はあくまでも私的な考え方で、あるべき姿を述べているものではありません。
osoushiki_shinpai.png


葬式に参加するたびに思うのですが、こんな儀式は必要なんでしょうかね。

巧みな話術で司会進行する人は葬儀社の人で、生前には全く知らなかった人ですよね。

祭壇の形も葬儀社が準備したもので、大体どの葬儀も似ているように思います。

生前は全く個性の違う人なのに、同じ形式で送られるんですよね。

私は勘弁して欲しいと思います。

最後くらい自分らしさを前面に出して送って欲しいものです。


何十万もする桐の棺桶も、百万もする祭壇も、何十万もする葬儀会場も、ましてやお布施の料で決まる戒名なんて要りません。

死んだ後に、戒名で格付けされるなんてまっぴらごめんです。

どうせ死んだ私には分からないんですから。


本当はそのまま焼き場に運んでもらうだけでいいんですけどね。
火葬の後は、海に散骨して欲しいとも言っています。
家族が私を思い起こしてくれるとか、けじめをつけたいとかということもあるでしょう。

それなら、家族だけで地味にやって欲しいと言っています。

近、家族葬とかいうのが増えてることを知っています。
私と同じような考えの人が増えてるんだなあとつくづく思っているところです。

家族が手を合わせる対象を求めるのなら、名前を描いたフォトケースでも飾ってもらえば十分です。

死ぬ前の名前を俗名というそうですが、そんな言い方も私には不要です。

俗名ではなくって、私自身の実名です。



ちなみに、結婚式同様で今の葬儀形式は戦後に確立されたもののように聞いています。

死んでまで商業ベースに乗ることはないでしょう。


でも、葬式や戒名を付けるお金は一応保険で賄えるようにはしています。

そのお金で、家族・親戚一同がホテルのフルコースを食べるのに使ってもらう方が私はうれしいです。



posted by 田沼 at 05:56| Comment(5) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月22日

延命治療は勘弁してください!

延命治療は要らないと奥さんに言っています。
toubyou_enmei.png


意識不明の状態で回復の見込みがないという時になっても、人工呼吸器などで延命されるのは勘弁してもらいたい・・・と私は思っています。


延命治療で生きながらえたとしたら、それが数日間でも家族の心身の負担は計り知れないものがあるだろうと思います。

経済的な負担はどれくらいかと思うと心配になります。


延命治療は施さずに、家族がここまで・・と判断した時点であらゆる治療は停止して欲しいと願っています。

家族にとっては厳しい選択になると思うので、今から言っておきたいのです。


昔からいうじゃないですか。

「ぴん、ぴん、ころり」というのが家族の負担にならないって。


ちなみにNHKの番組では、90%以上の人が延命治療は望んでいないということです。

私は多数派ということになりそうです。

初めて多数派になって、なんかいい気分もします。



追伸

臓器移植もお願いしたいところですが、年齢的にもそうですし、不摂生もしているのでだめでしょうね。



posted by 田沼 at 04:55| Comment(2) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月16日

重度の介護が必要になったら施設へ行きたい

まだまだ元気にしていますが、10年後はどうなるか分かりません。
kaigo_dukare.png

20年後はとなると・・・。


そこで、万一のことを考えて、自分の最後は「こうして欲しい」と奥さんに言っています。


先ず、介護の件です。

できるだけ家族と一緒に過ごしたいとは思っています。

しかし、奥さんよりも私が先に重度の介護が必要になるでしょう。


自分で下の処理が出来なくなったり、糞尿を家の中に垂れ流すようになったりしたら施設に入れて欲しいです。

奥さんに最後まで介護をして欲しいなんて望みません。

厳しい毎日が待っているはずです。


幸せで楽しかった思い出よりも、辛く苦しい毎日を感じてしまうはずです。

その原因になっている私は憎まれるかも知れません。

共倒れの状態ということです。

それくらいなら、施設に入れてもらいたいと思います。


仕事として介護を請け負ってくれる人の力を借りたいと思います。

夫婦双方にとって幸せな毎日が過ごせるんじゃないでしょうか。

我が儘な私ですので、仕事じゃなかったら対応できないでしょう。

奥さんには毎日を楽しく過ごす権利があるんですから・・。


ちなみに、8割以上の人が病院か施設でなくなるということですので、私の言っていることはまんざら特別なことでもないようですね。




posted by 田沼 at 04:20| Comment(3) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

虚礼と冠婚葬祭からは距離を取ってます

0人ばかりの職場に就職した時、トップは虚礼廃止を口癖にしていました。

もう、40年前のことです。


おかげさまで、盆暮れに品物を送るという習慣も、年賀状を書くという習慣も社会人になって早々に捨てることになりました。

気苦労も労力もお金も要らなくなりました。

この調子で40年間やって来ました。

案外世の中は、自分が思っているほどはこだわっていないようです。

お中元やお歳暮を贈っている人をどうのこうのと言うつもりはありません。

毎年の暮れに年賀状を楽しそうに書いている奥さんを止めたりしません。


人の考え方は千差万別で良いんです。

私はそうしないというだけです。

そして、そのことで何か言われたこともありません。



虚礼というのとはちょっと違いますが、定年後は昔の仕事の集まりにもは来るだけ顔を出さないようにしています。

親戚以外の冠婚葬祭は全て断っています。

いちばん苦手なのが「誰々の何々祝い」という集まりです。

叙勲だの、出版記念だの、退官祝いだの・・。

型苦しいのは苦手なんです。

同窓会だの、OB会だのからも距離を置いています。

少人数の宴会は、大好きなんですけどね。

ha_kenkou_oldman.png
退職間際から今日に至るまで、そんな集まりはほぼキャンセルしています。

随分と不義理なことをしているようですが、私には要らないというだけなんです。

キャンセルしても何の不都合もありません。


退職して3年目。

毎日楽しく暮らしているんですから、案外正解だったかも知れません。

今のところは・・・。



posted by 田沼 at 05:39| Comment(2) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月03日

定年したら夫婦は別々の楽しみを

熟年離婚しようなんて思っているわけではありません。

奥さんは唯一無比の親友です。


fufu_engawa2.png良くある話をひとつ。

ストレス三昧の仕事人生を終えて、これからは自分の人生を楽しもう。

夫唱婦随なんだから、黙って俺に着いてこい・・・な〜んて言っている人が熟年離婚されてしまうそうです。

男性からすると、辛い仕事に耐えて、家族を養ってきたという思いがあるでしょう。

しかし、女性もいろんなことを我慢してこれまで生きてきたという思いがあるはずです。

それなのに、これからも「俺に従え」だの「一緒に生きていこう」なんて言われたらたまったものではないはずです。

だから、「定年後はそれぞれの楽しみを優先して生きていこう」くらいに考えていて丁度いいのじゃないでしょうか。


我が家はというと、互いの生活には干渉しないことにしています。

朝起きたら、お湯を沸かして味噌汁を作るのは私の役目です。

朝食と昼食は勝手に食べることが基本です。

窓を開いたり、アッシーしたりするのは私の役目です。

奥さんは、私が朝食を終えた頃に起きてきます。


その代わりと言っては何ですが、夕食は一緒に食べます。

主に奥さんが作ります。

私も週に一度は作ります。

掃除、洗濯は奥さんがやります。

庭の掃除や木の剪定、家の周りの草むしりは私の役目です。

これらは、あくまでも基本線ということです。


週に1回は二人で外食します。

回転寿司であったり、ファミレスで会ったり。

年に何回かは、旅行に行ったりフルコースを食べに行ったり・・・。


それ以外は、全くのフリーです。

映画に行こうがコンサートに行こうが干渉しません。

二人の嗜好が違うもんですから一緒に行くことが出来ないんです。

一緒にやるとしたらどちらかが何かを我慢しなくてはいけません。


定年後は自由な人生のはずです。

互いに不要な我慢は避けた方が良いと思っています。



posted by 田沼 at 05:21| Comment(2) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月02日

身だしなみに気をつけると脳の活性化に繋がる・・・かも

漫画家の弘兼憲史氏によると、女性は人間関係を重視するので周りから見られていることを意識して生活しているということです。

それで、いつも身だしなみに注意しているんだそうです。

男性も仕事をしている間はそれなりに気をつけているんですが、定年を迎えたとたんにどんな服装をして良いのかが分からなくなると言います。

shiraga_zome_man.png
家の中ではずっとジャージ姿の毎日を過ごすことが多くなり、その内パジャマ代わりのジャージのままで外をうろつくようになるらしいです。

髪も洗わないと不潔です。


こんな毎日を送っていると、いっぺんに老け込んでしまいます。

老け込む程度なら良いんですが、痴呆になっても困ります。

人の目を意識しなさ過ぎることが怖いんだそうです。

不潔だと、孫が寄りついてくれないかもしれません。



ユニクロかGUにでも行ってみましょう。

スタッフが近寄ってくることはありませんので、気楽に服を選べます。

アウトドア系なら、自分で自由自在に選べます。

ちょっと格好よくしようと思うなら、奥さんが良きアドバイザーになってくれるでしょう。

店のスタッフを呼び止めて聞くも良いし、マネキンの服装をそのまま買っても良いようです。

コーディネイトされているので、大きく間違うことはないでしょう。

自分に合うかどうかは、奥さんかスタッフに聞いてください。

私はというと、「昼も夜も、家の中も外も、いつも同じ服装でいるると必ずボケる」という話を聞いてからは、毎日何回か着替えるようにしています。

パジャマ代わりのジャージ、家の中用のジャージ、菜園用の作業着、外出用のジーパン等々。

決して、かっこいい服装とは言いがたいですが、着替えることを意識しています。


たまにはかっこつけて外を出歩いてもみます。

少しは脳が活性化して、老化が抑えられているかも知れません。





posted by 田沼 at 05:42| Comment(2) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月20日

定年後の生活資金 大金はいらない

保険会社なんかが、老後の資金についていろいろ言っています。

政府のなんとか白書なんかにも、不安をあおるような情報がいっぱいです。


nenkin_techou_man.png夫婦で毎月25万円×12ケ月×20年という単純計算をして、6000万円という大金を割り出した機関もあります。

退職金+貯金+年金で補えればいいんですけどね。


しかし、ちょっと待ってください。

定年後すぐの60歳と20年後の80歳の生活とは同じものでしょうか。

子どもは巣立ち、行動半径が狭くなる高齢者においては、それほど生活費はいらなくなると聞きます。

病気治療費、通院費、入院費が掛かりますが、保険で何とかなるという話です。


収入に見合った生活をするということも大切です。

「それがないとどうしても生きてはいけない」というものだけ残せば、後はどんどん断捨離しましょう。

外食の回数を減らす。

車は、軽自動車にする。

冠婚葬祭は、できるだけ遠慮する。

服はユニクロかGUで済ます。

ストレスがない程度で、月に数万円の仕事をする。

旅行先では、温泉旅館やリゾートホテルに泊まらずにビジネスホテルに泊まる。

等々。


惨めったらしいですか?

下流老人、老後破綻になる前に、できることをやりましょうという話です。


お金はここぞと思う時に使うようにしましょう。

ここぞとは、いつか?

それは、人それぞれで違うでしょうね。




posted by 田沼 at 06:15| Comment(2) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月19日

適度なストレスはむしろ健康にいい

スレトス三昧だった現役時代。


それから解放されて、素晴らしい人生を送り出した途端に鬱(うつ)になってしまう人がいるそうです。

生真面目な人に多いという話ですので、私は安全圏かも知れません。


それでも用心に越したことはありません。


私にとって一番怖いのは引きこもりです。

生来の不精者ですので、家の中にいられるならいつまでもそうしていたいと思ってしまいます。

他の人と話をするのも苦手なんで、家の中だけで完結できる生活は魅力的なんです。


しかし、これがいけないんですってね。

ストレスがゼロの世界というのは、家具も何もない真っ白な部屋で無音の状態で生活するのが究極のストレスゼロなんだそうです。

しかし、そんな環境に人を追い込むと数時間で精神に異常を示すようになるというアメリカの実験結果があるといいます。

まあ、実験しなくったって分かりそうなもんですけどね。


zatsudan_obaasan.pngそんな実験もあってか、丁度良い程度のストレスは人間に必要だと昔から言われてきましたね。

人とのコミュニケーションは適度なストレスであり、良好なストレスなんだといいます。


毎日何時間も人とコミュニケーションする必要はありません。

適度な具合というのは、人それぞれで違うはずです。

だから、どの程度のコミュニケーションが適度か、どんなコミュニケーションが良好かは自分で探るしかありません。


コミュニケーションと言っても、直接話すばっかりだとも限りません。

ネットによるコミュニケーションも良いのではないかと思います。

配慮すべき課題が多いコミュニケーションツールではありますが・・・・。

徐々によりよいコミュニケーションに慣らしていけば良いのだと思います。



適度なストレス環境を自分でつくって、シニア生活をエンジョイしましょう。




posted by 田沼 at 05:45| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月18日

空気を読めるシニアは皆に好かれる・・・かも

基本的にはシニアになったら、生きたいように生きたら良いと思っています。

嫌われても、困ることなんてほとんど無いと言っても過言ではないでしょう。

それでも、周りの人からは好かれたい、いつもニコニコしているおじいちゃんだ(おばあちゃんだ)と呼ばれたいという感情はあります。


最近の言葉で「空気を読めない人」と言うのがありますね。

周りの皆から敬遠されたり嫌われたりする人です。

これらの人には他者とのコミュニケーションの取り方に共通したものがあるようです。

@自慢話が多すぎるA人の悪口を言うB人の話を聞かないで自分の話したいことだけを話し続けるC自分の価値観にこだわるDすぐ怒る

だいたい、こんなところでしょうか。


多かれ少なかれ、誰にもこんな経験があり、反省することも多々あるはずです。

空気を読めない人には、この反省するという行為が欠けているのでしょう。

反省がないので、毎回繰り返します。

そのうちに、空気が読めない人というレッテルを貼られることになります。

まあ、自業自得と言われても仕方がないでしょう。


nanchou_ojiisan.png人に尊敬される必要は無いですが、「あの人は空気が読めない人だ」なんて呼ばれたくはないですよね。

産婦人科医の昇幹夫(のぼりみきお)さんがうまいことを言っています。

年を取ったら「さからわず、いつもにこにこ、したがわず」

中々ウンチクのある言葉です。

最後の「従わず」というのが良いじゃないですか。

知恵者が振り向きながらにっこり笑っている絵図が浮かんできそうです。


これまで座右の銘なんて持たない私でしたが、今後はこの「逆らわず、いつもニコニコ、従わず」を自らの座右の銘にしようかなと思っています。



posted by 田沼 at 05:04| Comment(4) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月16日

シニアになったら自分の存在意義は自分でつくる

ただ存在するだけで、年寄りが喜ばれた時代は遠い昔となりました。

roujinsya_couple2.pngもの知りな年寄りが昔話をすれば、娯楽が少なかった時代ですので皆に喜ばれました。

仕事や作業のノウハウ、世の中の暮らし方を教えれば若者は黙って聞いていました。

嫁に家庭料理を教えて喜ばれた時代もありました。

つい、50年ほど前の話です。


今では、PCがあるのでネットで何でも教えてくれます。

料理のレシピも、人生相談もネットで済んでしまいます。

日曜大工の方法なども、動画でいつでも学ぶことが出来ます。

若い世代に何かを教えようなんて、教え方によっては嫌われる原因を作ることにもなりかねません。


「年寄りの話は黙って聞くもんだ」と言っても始まらない時代なんです。

怒ったり嘆いたりすれば余計に苦しくなってしまいます。

若い世代を変えようなんて無駄な努力は止めにして、自分自身を変えてみてはどうでしょう。

自分自身の存在意義をクリエイトするんです。


相手が望んでいる一端を引き受けるだけで良いんじゃないでしょうか。

先にも書きましたが、地域の役員なんてどうでしょう。

夏祭りや秋祭りの企画・実施を請け負っただけでも皆がありがたいと思うでしょう。

地域の清掃日にイニシアチブを取るのも良いことです。

介護ボランティアや話し相手ボランティアというのもあります。

自分自身の存在意義を高めるのは、家の中でだってできます。

家事一般をこなすと、奥さんに喜ばれます。

家庭菜園で作った野菜を子ども達に配れば、孫から尊敬されるかも知れません。

日曜大工で家具の隙間に小さな棚を作れば暇つぶしにだってなります。



要は、昔は〇〇だった・・・なんて考えないで、自分から進んで周りの人に喜んでもらうような行動をすれば良いんです。

前職に関わる何か・・・なんて考えていたら、いつまで経っても自己存在感なんて得られないように思います。

年寄りは、若い世代に喜ばれてなんぼ・・・という意識を持とうではありませんか。




posted by 田沼 at 04:34| Comment(4) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月14日

楽しく生きるための3つの約束

「4つのお願い」という歌がありましたが、私は毎日を楽しく生きるために3つの約束を決めています。

毎日の目標を3つに絞ってみました。

目標があんまり多かったら忘れてしまいますもんね。

ついでに言うなら、実現したかどうかの評価が難しいですからね。

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毎日「人の役に立つ」「健康に留意する」「自分なりにカッコよくする」の3つです。


@ 毎日誰かの役に立つことをする。

別に大したことをやらかそうと言うのではありません。

天下国家を語ったりしませんし、ボランティアに限定したりもしません。

「誰か」というのが家族でもいいし、仕事で出会う人でもいいし、町ですれ違う誰かでもいいんです。

相手の笑顔が見られたら、「役に立った」と評価することにしました。


奥さんにお茶を入れる。

町内会の手伝いをする。

菜園であった人に「おはようございます」とあいさつをする。

等々。

案外簡単でしょう。


A 人並み程度には、健康に留意する。

病気というものは必ずやって来るものでしょう。

後で「ああしとけばよかった」「こうしとけばよかった」と嘆いていたら、その後の人生が暗くなってしまいそうです。

だから、できることはやっておきたいと思います。

あくまでも、人並みに・・・程度です。

無理してはいけません。


食後は歯を磨く。

菜園仕事で汗を流す。

仕事以外の日でも、一日一回は外に出る。

野菜を取り、塩分・糖分に気を付ける。

等々です。


B カッコよくする。

清潔にしておくことと、自分がカッコいいと思えることやりたいです。

別に若大将のような生活、イケメンな姿かたちをしようとは思っていません。


加齢臭なんて嫌な言葉があるじゃあないですか。

作業以外の時は、小綺麗にしていたいですね。

時には色物のシャツを着たり、小粋なバッグを抱えたり。

また、小洒落た部屋でBGMを聴きながらブログを更新するのもいいです。



自分なりの約束事を決めれば、楽しく豊かな毎日を過ごせそうに思います。

そう思うようにしたんです。

大した目標ではありませんので、毎日「達成できた」と思うことが大切なように思います。



posted by 田沼 at 05:57| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月11日

シニア像が変わりつつありますね

「四十五十鼻たれ小僧、六十七十働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ」取ったのは明治の偉人、渋沢栄一翁だそうですが、私なんてまだまだ小僧っ子の部類でしょうね。

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それにしても、日本人も長生きするようになりました。

平均寿命でいうと男性が約81歳、女性が約87歳で、世界一の長寿国。

IP細胞なんてものも出来てきましたので、まだまだ寿命は延びるかもしれません。

どうせ長生きするのなら、やっぱり皆に好かれながらピンピンコロリで天寿を全うしたいものです。


そんな中、周りのシニアたちを見まわしてみますと、むかしとは随分と違った雰囲気の人が多くなったように思います。

昔のイメージは、「加齢臭」だとか「働かない」「頑固」「口うるさい」という看板を背中にしょったような人を多く見かけました。

「老人」という言葉は、どこかマイナスイメージさえ持っています。

60歳を過ぎたら、「余生」なんていう人もしていましたね。


ところが、最近はピンピンしたシニアを多く見かけるようになりました。

加山雄三は、いまだに若大将として活躍しています。

石坂浩二だって、その博識は誰もが知っているところです。

山崎努は、CMの中で孫娘に翻弄されていました。
海が見える白い家の庭で苦虫を踏み潰したような表情がカッコよかったです。

憧れますねえ。


ご近所のAさんは10歳も年上ですが、私なんかより菜園仕事が上手です。

Bさんは15歳年上ですが地域役員や老人クラブ、出身大学のOB会役員など、幅広く活躍してます。

町の広報に載っていた先輩は88歳。

今だに地域の子どもたちに剣道を教えているそうです。

みんな、みんな元気です。


定年を延長する方向に世の中が進んでいるようです。

それが良いことかどうかはさておいて、シニアが社会からより強く求められる時代なんだとは言えそうです。

私はというと、まだまだ鼻たれ小僧を脱した当たり。

毎日の生活にもがきながらも、いつも笑っているシニア像を目指していきたいと思っています。




posted by 田沼 at 03:59| Comment(0) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月05日

何もしないでボーッとする暇つぶし

定年後にやってみたかった暇つぶし。

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@ 公園のベンチでボーっと過ごすこと。

いかにも定年後・・・という感じがしてやってみたかったんです。

本来的な意味での「遊ぶ=自由に過ごす」という雰囲気です。



game_smartball.pngA 大きなゲームコーナーで、コイン落としゲームなんかもやってみたかったんです。

近くのショッピングモールに大きなゲームコーナーがあるんですけど、たくさんの中高年が遊んでいます。

取ったコインはストックして、次に来た時に使えるんだそうです。

暇つぶしにはもってこいです。


B 図書館で2〜3時間、新聞や雑誌を読むこと。

これも暇つぶしのレジャーとしては代表格でしょう。

だって、タダだし冷暖房完備なんですからねえ。


しかし、どれもまだやっていません。

退職した翌日から仕事をいただき、家庭菜園や家事等もやっていますので時間がないんです。

有り難いことだと思っていますが、なにしろボーっとする時間の余裕がないんです。


試しにやってみたことはあるんですよ。

図書館や町の公園で。

でも駄目でした。

短気な私は、5分もボーっとしていることが出来なかったんです。



かくして、ボーっとする暇つぶしの代表格をいまだにやってないというわけです。



posted by 田沼 at 05:45| Comment(2) | シニアライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする