2017年09月21日

ブログの更新はボケ防止になる

また今日も本屋で立ち読み。

ボケない毎日の過ごし方を書いた本でした。


その目次を見ていて納得です。

(だいたいこの手の本は目次だけしか読みません)


ボケ防止のためには、

smartphone_computer_nouka.png@ 日記をつける。

A 自分を発信する。

B 町で人にあったら自己紹介する。

C 人と繋がる。

D 夢中になれる趣味を持つ。

等々。


これって、「ブログの更新」という私の趣味にピッタリ当てはまるんですよね。


ブログを更新するには取材がいります。

町に出かけたり、ニュースを見たり、他のブログや本を読んだり・・・。

取材に出れば、引きこもりがなくなります。

当然、人に接する機会も増えるわけです。

行動的な毎日を過ごしていると言えるかもしれません


文章を考えたりイラストを加工したりしていると、脳みそも活性化していることでしょう。

PCにタブレット、スマホの使い方を覚えるだけでも大変です。

指先をこまめに動かしますので、これこそボケ防止の運動にもってこいでしょう。

さらに、好き勝手に自分の思いを発信していますので、ストレス解消です。

いい趣味だと思います。


ネット環境をつくるために若干のプロバイダ契約やPC代はいるものの、ブログに関しては基本的にはタダです。

簡単だから誰にでもできます。


体力をあまり使ってないというところが若干のマイナス点ではありますが、そこは菜園仕事や町ブラでもして補うことにしましょう。



追伸

一人になる時間を持つということも、精神安定上大切なことなんだそうですよ。



posted by 田沼 at 05:03| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月20日

「孤独死」という言葉について考える

世の中では、「一人で生活している人は寂しい人」というイメージがありますね。

「孤独死」なんて言葉があるくらいですから。

wakawakashii_man.png実は、私もそんなイメージを持っていました。


しかし、最近知り合った人を見てると、そんなイメージが合わないんです。

年齢は90歳ちょい前なんですけどね、かくしゃくとしてあります。

奥さんを失くして10年余り。

一人で生活してあります。

この人が実に元気なんです。

若い頃から武道に長けていて、今ではいくつかの団体の役員をされているそうです。

昔の職場の相談役もしてあるようです。


顔の色つやもよくって、ぴっかぴっかです。

私なんかよりもずいぶんとエネルギッシュに生活してあります。

この方がなくなっても、「孤独死」なんて言うんでしょうかね。

とても違和感があります。


じゃあ、どんな人がそう呼ばれるんでしょう。

いくつか浮かぶような気がしますが、それは上辺だけの話ではないでしょうか。

その人の生活を良くは知らない人が言っているだけのように思います。

本当に寂しい生活か、誰かが確認したわけではないでしょう。


他人が人の最後を勝手にイメージ、それもマイナスイメージするのは避けたいですね。

その人の人生は、その人のものです。

他人が勝手にマイナスイメージで捉えてはいけないことです。


私自身の反省です。




追伸

一人暮らしの人の生活や心身の健康に対する支援は、十分にあるべきだろうと考えています。

また、人様に迷惑をかけない最後というものも考えておきたいものです。



ラベル:一人
posted by 田沼 at 04:12| Comment(1) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月16日

朝一で 今日やることのリストを作成

年を取るとだんだん早起きになります。

起きてすぐに動き回るわけにもいかないので、今日やることのリストを頭の中に作成します。


pose_anshin_ojisan.pngえ〜、先ずは菜園仕事。

家に帰ったら、味噌汁づくりと風呂。

朝食後は、朝寝を決め込もう。

昼食後はナフコかな。

そういえば、待ちに待った映画が封切っていたな。

小学校校区くらいを散歩でもしようかな。

帰ったら、ブログの更新を・・・。

それから、それから・・・・。



ものの本によると、一日を計画的に過ごすとボケ防止になるんだそうです。

無計画に一日を過ごしていると、TV漬けになったり引きこもりになったり・・・。

その内、うつ状態になったり家庭不和になったり・・・。


くわばら、くわばら。

せっかくのセカンドライフです。

元気に楽しまなくっちゃあねえ。



ついでに言うと、なんと贅沢なことなんでしょう。

一日の過ごし方を自分で決められるということは・・・・

誰かに指図されることがないということだし、生活の為にあくせく働かなくてもいいということなんですから。

かと言って、私はお金持ちではありません。

まあ、普通に食べて、普通に生活しているだけなんですけどね。

それが最高に幸せなことだと思っているんです。


生きがいを見つける・・・とかなんとか、難しく考える必要なんてないと思います。

社会の為に・・・とか。

人と繋がることが大切だ・・・とか。

ボランティアは・・・とか。


もう、いいじゃないですか。

好きなようにリストアップしたことだけやって生きましょうよ。

シニアの特権ですから。


さて、明日は何をしようかな。

おっとっと、明日は仕事で出勤だったわい。




posted by 田沼 at 05:34| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月15日

やっぱり自分の好きなことをやるのが一番

つい最近、メガネを新調した話はUPしました。

ここ何年間は銀縁のメタルフレームだったんですけどね。

丸っこい黒ぶちのプラスチックフレーム(レンズ代を含めて14500円)に換えたんです。

遊び心いっぱいのやつです。

それでも、はっちゃけた感じはしませんね。

やっぱりまじめな雰囲気に見えます。

周りの評価が気になって、羽目を外しきれない自分がかわいそうにさえなります。
fashion_subculture.png

どうせ安いメガネなんだから、もう一本という気になってきます。

今度は白く細いフレームにしたり、着色のレンズにしたりしてみましょうか。


周りの評価、見方、もっと進んで評判を気にしないで生きるとどんなに幸せでしょうね。

時々、極端に派手な服装をした人を見かけます。

ワッ!と驚きはしますが、嫌な感じはありません。

むしろ、感心してしまいます。

あの人たちは、好きな格好をして楽しいだろうなあ・・ってね。


同じように、60代でバイクを飛ばしている人がいます。

キャンピングカーで日本一周をしている人がいます。

古民家を再生している人がいます。

よさこいや日本舞踊、フラダンスに取り組んでいる人がいます。

知人の女性(68歳)は大学で学んでいます。

女子大生だ!といって自慢気です。


みんな、カッコいいですよね。

生き生きしているように見えます。

シニアになったら、自分が好きなことをやるのが一番です。




posted by 田沼 at 05:02| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月13日

一人で完結する趣味もいいもんだ

定年後2年も過ぎると「一人がいい」と思うようになってきました。

もちろん、家族は別ですよ。

無題.png趣味の仲間のことです。


本や雑誌で「定年後は趣味の仲間に入りましょう」的な記述によくお目にかかります。

それで、社会教育施設に行っては壁の張り紙を随分と眺めたものです。

どれ一つをとっても自分に合った講座やグループがありません。

そんな時は、ちょっと不安になったものです。

社会から取り残されて、寂しい思いをするんじゃないかってね。

だって、定年前は集団や組織の中でしか生きてこなかったんですから。


しかし、心配はいりません。

そんなことは杞憂なんです。

今では「趣味なんて一人で完結するもんだ」と思えるようになりました。

集団での趣味を謳歌している人を否定しているんじゃありません。

一人「も」いいもんだ・・と言っているんです。



集団に属していると、どうしても我慢しなければならないことが増えてきます。

集団のルールや日程に合わせなくっちゃなりません。

わがままな私には、それが面倒で面倒で・・・。


その点、一人完結型の趣味は実に楽ちんです。

一人でふれあい農園に行って、好き勝手にやっています。

周りの人とあいさつもするし、栽培法の情報交換もします。

でも、自分のやり方はあまり変えません。


映画を観たり、本を読んだりするのは基本的に一人です。

内容の情報交換を知人とすることはあっても、いっしょに映画に行ったり、図書館に入ったりはしませんよね。

よくよく考えてみると、絵を描いたり写真を撮ったりするのが趣味な人は、基本的に一人で行動しています。



趣味の交流をしたければ、現地調達で十分です。

つまり、菜園の場で、発表会の場で、ネット上で、飲み会の席で・・・等々。

案外気楽で楽しいもんです。


少なくとも集団行動というストレスを感じないで済みます。

一人の自由さと集団の楽しさを天秤にかけたら、私の場合は一人の自由さの方が重いという訳です。



しかし、一人旅をしたいと思っているんですが、中々踏み出せないでいます。

それで、いつも奥さんと行ってます。

そうすると、旅先や日程を決めるのが面倒くさくって・・・。

だから、一人旅がしてみたいと思うんです。

いつか・・・・・。

どこかへ・・・・。


追伸

奥さんと行くのが嫌だなんて言ってません。

そんなおそろしい。

一人旅「も」してみたい…というだけなんです。

くれぐれも、お間違えの無いように。



posted by 田沼 at 04:35| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月11日

「何をしようか」と悩めることは幸せ

定年後を指して「毎日が日曜日」と言ったのは、随分昔のキャッチコピー。


その条件は、@緊急にお金の算段をしなくてもよくて、A自分の行動を自分で決められることです。

なんと素晴らしいことでしょう。

なんと幸せなことなんでしょう。

chuunen_neet_snep.png
映画に行こうが、釣りに出ようが、はたまた旅行に出ようが。

誰にとがめられることがないんですから・・・。


さて、そこで「何をしようか」と悩んでしまうのも人の常です。

「有り余る時間を有効に使いたい」なんて考えるのは、まじめな小市民の証拠です。

「定年前から何をするか決めておきましょう」・・・・な〜んて本や雑誌には書いてありますが、そんなことはありません。

いくらでも悩めばいいんです。


慌てて投資なんかに手を出してはけません。

定年後はお金を増やすことを考えるよりも、減らさない努力をすべきです。

家の中でゴロンと横になって、TVでも観ているのが一番安上がりです。

奥さんさえ嫌じゃなかったら、アッシーしてもいいし、「俺も行く」と後をついて行けばいいじゃないですか。


定年後に我慢しながら仕事するなんて愚の骨頂です。

せっかく得られた自由な日々をストレス三昧にしちゃあいけません。

世の中は、「定年後も働かなければ…」なんて風潮がありますが、他人の一生をとやかく言ってほしくないものです。

気に入った仕事があったら・・やる・・くらいでちょうどいいんです。


どうしても家に居づらくなったら、ボランティアでもやってみましょう。

町の社会教育施設は福祉施設に行けば、壁にいくらでも募集のチラシが貼ってあります。

施設の事務所で聞けば実に親切に教えてくれます。

ネットで調べれば、それこそ無尽蔵です。

自治会の世話もボランティアだし、小学生の登下校の見守りもボランティアです。


2〜3か月もすれば、やることなんて勝手に生まれるものです。

悩めるのは幸せだ…くらいに気軽な毎日を送りましょう。



posted by 田沼 at 05:15| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月05日

参考にしたい先輩の暮らしぶり

久々に先輩が訪ねてきました。


公私にわたって、随分と影響を受けた人です。
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若い頃、飲み会の席で管理職の道を進むよう助言してくれた人です。

ひょうひょうとした生き方の見本となった人です。

タバコを止めたのも、彼の助言によるものです。


その彼の近況を聞くと、これがまたあっぱれです。

仕事がない時は、もっぱら部屋に引きこもっているとのこと。

ついこの間までは、暇さえあればドライブに出ていたのに・・・。


暑い時は、涼しい家の中にいる。

自分の部屋に引きこもって絵でも描いていれば、女房とトラブルこともない。

付き合いの飲み会は、できるだけ遠慮している。

無理はしない。


参考にしたい暮らしぶりです。


現役時代と同等にギンギンになって働いている人も偉いと思います。

が、ゆっくりのんびり生きる彼の生き方の方が私は合っているように感じます。

人生、人それぞれですから・・・。


追伸

以下は、83歳の女性ツイッター つぼいきくこさん の一言です。

ひとにはそれぞれその人にあった生き方があるのですが、どれがよくてどれが悪いではなく、それぞれにあった生き方で十分、自分を生かすことがよいはずです。





posted by 田沼 at 04:31| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月28日

人生の後半は十人十色と考えたい

五木寛之という大作家が「孤独のすすめ」という本を出版しているそうです。

地元新聞の書籍欄で発見しました。


slump_good_man_write.png

それで、さっそくYahoo!で検索。

その帯は以下のようなものでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

老いにさしかかるにつれ、「孤独」を恐れる人は少なくありません。

体が思うように動かず、外出もままならない。

訪ねてくる人もおらず、何もすることがなく、世の中から何となく取り残されてしまったようで、寂しく不安な日々。

けれども、歳を重ねれば重ねるほど、人間は「孤独」だからこそ豊かに生きられると実感する気持ちがつよくなってくるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「歳を重ねるごとに孤独が深まるので、今から気持ちの準備をしておこうよ!」という主旨ではないか思えます。


面白い発想です。

世の中の常識からすると、「友達は大切です」「世の中と繋がりましょう」「孫に囲まれた暮らしは幸せです」と言われてきました。

集団の中で生きてこそ、人は幸せになれる・・・といった感じでしょうか。

五木氏の考えはどちらかというと、その常識に反するものであるようです。

常識を否定するつもりはないだろうし、大切にしたいことに間違いはないはずです。

が、将来孤独になることもまた人生。

そう覚悟しておけば、将来的に悲しむことも絶望することもない・・という警鐘みたいなものでしょうね。

無理してまで、誰かと繋がる必要もないというおももあるのかもしれません。


いい示唆をもらった気分です。


新聞の書籍欄は「人生後半は十人十色。自分なりの豊かさを探す愉しみがあるはずです」という言葉で締めくくっています。

肝に銘じておきたい思います。



posted by 田沼 at 04:43| Comment(2) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月27日

あわや大惨事は免れましたけどね

風呂場でコケてしまいました。

出窓のガラスを閉めようと、無理な態勢をとったのがいけませんでした。

すのこが滑ってしまったんです。


ステンレスの手すりバーを持っていたもので、直接頭を湯船の端や壁にぶつけるのは免れました。

一回転して、湯船にボトン。

大惨事は免れました。

くわばら、くわばら。


あんまり恥ずかしいもんで、奥さんには内緒でした。

というよりも、風呂場を出たとたんに忘れてしまいました。

だって、どこも強く打ったところはないと思ったんです。

どこもケガなんてないと思ったんです。


風呂 けが.pngしかし、2時間後。

左手の小指と薬指、中指あたりが痛み出しました。

はじめは、脳梗塞かと心配しました。

だって、手のしびれや唇のしびれが脳梗塞の前兆だというじゃないですか。

冷静に指の様子を見てみると、しびれているんではなくって痛いんです。

骨、筋肉の痛みです。

まっすぐ伸ばしていれば痛くないのですが、拳を握ると痛いんです。

奥さんに現状を訴え、湿布を出してもらう頃には、指の付け根が腫れだしました。


い起こせば、風呂場でコケた時に体を支えたのがこの部分でした。

その時に捻ったのでしょう。

体重を支えたのですからねえ。

頭と体を守ってくれたんですからねえ。

多少のケガはしたかもしてません。

指を動かすことはできますので、骨折ではなさそうです。

が、ズキンズキンと痛みます。

指の付け根の筋を痛めたんでしょう。



久々、記憶にないくらいの期間が空いたケガでした。

やっぱり年を取ったんでしょうかね。

病院に行きたいんですが、今日は日曜日。

明日の朝にしましょう。



posted by 田沼 at 04:56| Comment(2) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

まだまだ若いと思っていたんですが・・

まだまだ「自分は若い」と思っていました。

kintore_ojiisan.pngしかし、最近は自分の所作が妙に気になり出しました。


・ 「よいしょ」と声をかけ、膝に手をつきながら立ち上がります。

・ 月に一度の通院が習慣になっています。

・ 早く走っているつもりなのに、なかなか前に進みません。

・ 炎天下に作業をすると、極端に疲れます。

・ 夏は、とても早寝早起きです。

 遠出するのが億劫になりました。

・ 昔の話をよくするようになりました。

・ 人のやることに関心がなくなりました。

等々の自覚症状が顕著です。


長男なんかは上から目線で年寄り扱いです。

「・・できるとね」「・・・に気いつけなよ」等々。

孫たちもそうです。

ばあちゃんの言うことは聞きますし、一目置いている様子です。

しかし、じいちゃんはおもちゃ状態です。

言うことは聞かないし、からかいの対象です。


年寄りっぽいと自分でも自覚していることが多いもんで、しょうがないと言えばしょうがないんですけどね。

まあ、できるだけ抵抗しますよ。

いつまでも、元気で健康な毎日を送っていきたいと思っています。



posted by 田沼 at 04:52| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月17日

今日もおじさんの一日は過ぎて行くのです

盆休みが20日間。

まあ、仕事は日給月給みたいなものだから、仕事を入れなければそのまま盆休みという訳です。
furo_man.png


さて、この盆休みですが、完全に年寄り型のにシフトしています。

朝は3時前後に起きて、本を読んだりYouTubeを流したりブログを更新したり・・・。

5時頃に起きだして、歩いて5分のふれあい農園へ。

夏野菜を収穫したり管理したり。

7時頃に太陽が照り出したら、帰宅します。

汗が吹き出して熱中症になりそうです。

帰宅したら、シャワーを浴びて朝食づくり。

その後は、朝寝を決め込みます。


起きたら、昼の1時か2時。

昼食したら、また寝るかホームセンターorショッピングモール(本屋か食料の調達)へ。

暇つぶしに余念がありません。


夕方、気分が乗ったらor必要があったら、再度ふれあい農園で1時間半ほど作業。

シャワーを浴びて、夕食を済ましたら焼酎の黒霧島をロックでグイー!っと。

夜の9時になったら、就寝ということになります。


こうやって、今日もおじさんの一日が過ぎていくのでした。





posted by 田沼 at 09:29| Comment(3) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月09日

投資信託を熱心に勧められて

退職金の優遇処置をころころ回して、最後に預けた金融機関から預金を下ろしました。

最後は、退職後2年目の優遇定期を1年間やっていました。

この2年間でン十万円が不労所得となりましたので、定年退職者には有難い限りです。


さて、この退職金を某銀行の定期預金に移し替えようとしたら、そこで投資信託を熱心に勧められました。


soudan_financial_planner_old.png若い担当者さん曰く。

我が銀行の投資信託では、最近の資金還元率が2倍、3倍になっています。

大きな株に投資するのではなく、沢山の小さな会社に投資しているから確実に利益を生んでいます。

今預けると、有利です。

老後のお金を賢く増やしましょう。

と、言わんばかりの勧誘でした。

思わず退職金を全額投資したくなりました。


先に預けていた某銀行では、5〜10年というスパンで見たら投資信託もいいかもしれません。

動かしても良い余裕なお金があったら、少しだけやってもいいかもしれません。

とのこと。


どちらが正しいんでしょうかね。

ずる賢くって、小心者な私は迷ってしまいます。



まあ、少なくとも「甘い話にゃ裏がある」とかなんとか。

格言通りにしておくのが一番無難でしょう。

最近は、「65歳以上で投資をしてはいけない」なんていう本があるくらいですからね。


定年後は資金を増やす算段よりも、減らさない算段をする方がいいとも聞きます。

必要なものだけを買うとか、サービス品を生かすとか、ネット通販にするとか・・・・。

いやー!またまた小市民的発想を吐露してしまいました。

かくして、信託投資の話は消えていったのでありました。





posted by 田沼 at 04:24| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

定年前に自分の小遣いは10年分貯めておく

現役の頃は、付き合いで飲みに行くことも多かったので月にン万円の小遣いでした。

その内で純粋に自分の趣味等に当てるのは、せいぜい月に2万円程度でしょうか。

これが高いか安いかは分かりません。

なにしろ、小市民なもんで・・・。


sensu_salaryman.png
定年したら、お金のかかる趣味はできるだけ控えたいものです。

それで、小遣いも現役の頃の3割掛けかな?と定年前に試算しました。

月の小遣いがいくらで、定年後の10年間にどれくらいいるか?

もちろん定年しても奥さんからは毎月の小遣いはいただくつもりです。

それにプラスアルファする分がいくらかという話です。

小遣いは多いに越したことはありませんものね。


それでね。

50歳の時に試算して、定年までの10年間にいくら貯めておこうかと考えたわけです。

で、その月からこつこつと、ちびりちびりとへそくりしていった訳です。

必要経費をごまかして奥さんに申告したり、お釣りを貯金したり・・・。

それはそれは涙ぐましい努力をしてきました。

爪に火をともすような生活を送ってきたわけです。


ウソです。

そんな几帳面さはありません。

適当に思い付きで貯めていきました。


定年時には、私の隠し財産(へそくり)は随随分な額になっていました。

これは、純粋に私の小遣いです。

必要と思う時に、奥さんの許可を求めることなく出金できます。

奥さんは出費を抑えよう抑えようとするから、私の小遣いなんていつも標的になってしまうはずです。


隠し財産があることで気持ちに余裕が出来ました。

今は、セカンドライフを楽しく送れています。


追伸

奥さんには、私の数倍の隠し財産があるようです。




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2017年07月16日

定年後は普通にやってれば大丈夫

定年後の暮らしについて様々な情報が流れています。

そのほとんどが、私の身近には当てはまらないものばかりなんです。

pose_anshin_ojisan.png

「海外クルージングや投資話、高級車等々には気をつけましょう」的なダメダメ話。

私の周りにそんな人はいません。

もともと散財するお金がないんです。

気をつけようにも、その気さえ起こりません。



「定年後の生活費は38万円」・・・というのも全くの嘘です。

夫婦二人でもそんだけあったら、毎月温泉旅行ができます。

週1回は、ディナーでお出かけです。


町にはタダで使用できる施設がいっぱいあります。

地方都市の物価は、大都会の8割と考えてもいいと思います。

やろうと思えば、それほどお金を使わずに生活できるんです。



田舎暮らし?

10年ほど前に、先輩の知人が安曇野に引っ越したという話は聞きました。

それ以降、私の知人に田舎暮らしに入ったという話は聞いていません。

話にさえ上りません。

ということは、その実態がないということです。

田舎の人間関係の濃厚さや病院・マーケット・娯楽施設の不足等々の問題を考えると、多くの人が二の足を踏むことでしょう。

ブームはもう去ったのではないでしょうか。


「あれがいる、これがいる」という話も心配ありません。

例えば、「定年後は、生きがいや趣味、仕事を持たなければ・・・」という話。

定年前から考えなければ・・・なんて不安を助長する話もありますね。

そんなに焦る必要なんかありません。

私の場合は、向こうからやって来ました。

みんなそうです。

特に焦らずとも、何かしら充実した毎日を送っています。

公園でボーッとしていたり、鬱になったりしている人なんか全然いません。


これから定年を迎えようと思っている後輩のみなさん。

普通に、普通にやってください。

心配なんかいりません。

休みたいなら一時休めばいいんです。

必ず動き出す時期がやって来ます。

情報を集めることは大切ですが、情報に惑わされないようにすることはもっと大切だと思います。



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2017年07月06日

高齢男性の孤独死が増えているらしい

Yahoo!ニュースを読んでいて発見。

roujin_kodokushi.png
高齢の男性(65歳以上だそうです)の孤独死が増えているんだそうです。


世の中、未婚や離婚で男女共に独身率は高くなっているようなんです。

それが、男性の場合孤独死につながる率が高くなるということです。


定年退職後に世の中とのつながりが希薄になって、自分一人で生きていこうと頑張った結果なんでしょう。

Yahoo!の記事には、「セルフネグレクト」という聞きなれない言葉まで載っています。

普通の日常生活を営もうとする意欲や能力を喪失すること。

衣食住の生活を放り投げてしまう状態です。

ゴミ屋敷のなかで食事もとらず、風呂にも入らず・・・てな生活なんでしょうねえ。


「自立」という意味を間違って捉えているのかもしれないです。

誰にも頼らず、自分一人で生きていく。

真面目でプライドが高いんです。

昭和の男は・・・。

私だっておなじです。


しかし、Yahoo!の記事では「最後に頼れる先を複数用意しておくこと」が自立なんだと言っています。

目から鱗です。

昔から「頑張ることは大切だけど、頑張りすぎるのはいけない」とは言いますよね。

早めにSOSを発信するのも高齢者の自立かもしれません。

ゴミ屋敷の中で腐乱した状態で発見されたんでは多方面に迷惑がかかりますものね。


そこで、私自身が頼る先を考えてみました。

まずは、三人の息子たち。

基本的に優しい子たちです。

これで頼る先が3種類。

兄弟は遠くにいますので、緊急時には間に合わないかもしれません。

緊急時のことを考えると、119番というのも頼りになります。


実際に、そんな経験をした知人がいました。

たまたま家に一人でいる時に呼吸困難になって、自分で救急車を呼んで一命を取り留めたという話です。

緊急性がない場合は、行政機関、医療機関というのもありますね。



こんな風に考えると、いくつか頭に浮かぶようなので安心しました。

もし一人で生活するようなことにでもなれば、家や土地を売って早めにケアハウスや特養のホームに入居するという方法もあります。

うちの役場では介護福祉課に行って事前にいろいろ相談すれば、入院先やホームを紹介してくれるらしいです。

頼れる先を何種類も思いついたんですから、いまのところ合格でしょう。

Yahoo!の記事がいい勉強になりました




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2017年06月28日

定年が65歳に延長?そりゃ大変だ

定年を65歳に引き上げる案が浮上したそうですね。

前々から言われていたことなんで、特に驚きはしませんでした。

が、60歳以上の給与が激減したり40歳以上の給与から減額して横に伸ばしたりという調整案が出ているようですのでちょっと考えてみました。

基本的には、定年を延長することには賛成です。

働く場の確保という視点からの考えです。


book_yomu_mushimegane.pngしかし上記の案からすると、いくつかの点で大変だなあと思うことがあります。


第一に60歳を過ぎても現役で頑張らなければいけないという困難さです。

再雇用でもなければアルバイトでもありませんよね。

現役のままになるんですから、その責任は若い人たちと同じかそれ以上ということです。

かつて55歳定年制の時代があったと聞いています。

延長して60歳定年制になったら、責任も60歳まで延長しました。

現役バリバリの若い人たちと同じように、責任ある立場で同程度の仕事量で働くということになるとこりゃあ大変です。

心身共に疲れるんじゃあないでしょうか。


第二に、給与の面です。

責任は同じなのに、60歳を過ぎたら給与が激減してしまうんでは踏んだり蹴ったりです。

再雇用やアルバイトという立場の仕事量でゆったり働きたいと思っている人も多いはずです。

選択制にするということらしいですが、定年前に止めることに抵抗があるまじめな人にとっては苦しい選択になることでしょう。

また、40歳からの給料を減じて、65歳までの総収入を平均化するということにでもなると今の若い世代がかわいそうです。

一番お金のかかる時代を苦しく生き抜いて、65歳を過ぎなければ仕事を止められないのではあんまりです。

さらに65歳の定年後も、働かなければ罪悪のように言われたりしたらたまりません。


第三に費用対効果の課題です。

65歳まで現役で働いて、それに見合った技術や経験を生かせる人はいいです。

しかし、体力や判断力の衰えを感じてしまう60代では費用対効果が上がるとは考えにくいです。

ましてや、今後はコンピュータやロボットに仕事が奪われかねない世の中になるかもしれません。

はたして60歳から65歳までの人が安心して働ける織場は残っているのでしょうか。

辛い職場で働くあまりに、65歳定年を待たずにやめていく人が多く出るような気もしますがいかがなものでしょう。


どちらにしても、大変な世の中になっていくような気がしてなりません。

浅学のじいちゃんの思い過ごしであることを願っています。





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2017年06月19日

好きなものは好きなだけ食べたい

健康志向からすると、食を考えることが長生きの秘訣のように言われています。

seikatsusyukan_highcalorie.pngしかし、先日朝のラジオでは、「好きなものを好きなだけ食べたほうが健康にはいい」と高齢のお医者さんが言っていました。

「血圧は高いが、薬を飲んでいればいい」とも言っていました。


なぜかホッとした気分になりました。

だって、そうでしょう。

最近は、塩分は控えましょう、炭水化物は摂らないようにしましょう・・など、など。

肉から魚、そして植物性たんぱく質を・・・・。

夕方は6時くらいに軽く食べましょう。

外食は塩分と糖分が高いし、お菓子類は油分まで高いとか。



んか、好きなものを好きなように食べたら罪悪のように感じてしまいます。

何も暴飲暴食をしようと言うんじゃあありません。

好きなものを好きなだけ好きなように食べたいと言っているだけなんです。

ささやかな凡人の、浅はかな考えではありましょう。

少々太ってもいいじゃないですか。

こう考えた方が精神安定上はいいように思います。

いかがなものでしょう、ご同輩!



posted by 田沼 at 04:14| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月17日

「もったいない」をなくすには「持たない」といいらしい

ズキ〜ンとくる言葉です。

何かの本の目次欄に載っていました。
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たしかに、いらないものが家に溢れていますね。

しっり使った後ならいいんですが、無計画に買ったものもいくらかあるようです。

そんなものでも、もったいないと思ってなかなか捨てきれません。

そんでもって、年に何回かは大量に物を捨てている訳です。

もったいない話です。


衣類を捨てる時には、本当にもったいないと思ってしまいます。


ホームセンターのビニール袋やギフトの紙類。

自分ではどうしようもないものもありますね。


そこで一考です。

自分で考えて持たないでも過ごせるものは、待たないようにしましょう。

スーパーで衝動買いをすることがよくあります。

買ってしまうんですよねえ。

奥さんは、メモしたものしか買わないらしいです。

「お父さんと買い物に来ると、余計なものまで買うけん好かんちゃんねえ」てなものです。


それでも、最近洋服は買ってないですねえ。

靴もそうです。

断捨離して、部屋をかたずけたらすっきりしました。

しかし、持っているものを断捨離するくらいなら、最初から「持たない」ようにすればいいはずです。



今後はこの方針でいくことにします。

節約にもなりますもんねえ。





posted by 田沼 at 09:51| Comment(1) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月16日

あんまり頑張らない生活がいい

定年後とか老後とかをキーワードにした本を読んでみると、一生懸命に考え、完璧に行動することを求めているように感じます。

定年前にいくら溜めよう!とか、定年後の生活費はいくらかかる?とか。

健康のためには何々しようとか、何々はいけないとか。


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そんなこと考えて生きてなんかいけません。

現役ではないんです

完璧に考えたり行動したりしなくっていいんです。

頑張らないでも生きていけます。



私なんて、毎日いい加減に生きています。

「いい加減」です。

いい塩梅かもしれません。


「こうしたいなあ」「ああしたいなあ」「これだけほしいなあ」「何々が欲しいなあ」という思いの6割程度を目指せば、案外気楽に生きられるものです。

完璧な生活なんてないんですから。


人によっては、死ぬまで働きたいという人がいますね。

立派な人だと思います。

でも私は違います。

65歳までに完全リタイヤしたいと思っています。

今も仕事はやってるんですけどね、週の半分くらいならやっていけます。

週に5日の出勤なんかあると、もう限界です。

家庭菜園もできないし、映画にも行けません。

旅行なんてとんでも無い。

これじゃあ、私にとって幸せな毎日とは言えないんです。


まあ、人それぞれではありますね。

そのことを意識することが大切なんだろうと思います。

そうするとね、毎日がとっても幸せに感じられるんです。

自分は自分ですから。




posted by 田沼 at 05:05| Comment(0) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年06月07日

定年しても車はいるんです

我が愛車が、購入後12年目に突入しました。

その間、大きな事故もなく(ガードレールやブロック塀でこすったことはあります)、故障で立ち往生したこともなく(エアコンは修理しました)この12年をやってきました。


実に快適なやつです。

「定年したら車は売り払って公共の交通機関を利用すべきだ」と言う人がいますね。

バスや電車の方が歩くので健康的でもあるとも言います。

軽自動車にして経費削減を図るべきだと言う人もいます。


ごもっともな話だと思いますが、それは都会人の話。

網の目のように鉄道やバスの運行があればいいのですが、こちとら半田舎人です。

公共の交通機関は放射状に広がっているので、その中部にいる者にはやっぱり車が必要なんです。

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もうひとつ。

車があると大量に荷物が運べます。

スーパーで買いだめは出来ますし、家庭菜園の肥料だって運べます。

遠くへ行く時に、夫婦等複数で乗れば格安にもなります。

第一、ドライブする爽快感は何事にも変えられません。


金は必要と思うところにつぎ込んでこそ生かせるというものです。

節約するのは大切ですが、過ぎたるは及ばざるが如しです。


必要な時にレンタカーを借りればいい?

ところがどっこい。

レンタカーを借りるには、バスか電車で福岡市まで出なければいけないんです。

誰がそんなにまでしてレンタカーを借りるもんですか。


ハイブリット車?

ワハッハ。

初期投資のことを考えたら、決してエコノミーではないですよね。

バッテリーの寿命やレアメタルの使用量、製作時の電力量、廃車までの平均年数等々を考えたらエコロジーでもないと聞きました。

ハイ、負け惜しみです。


かくして我が家の1500ccは、13年目に向かって元気に走り出したのでありました。




posted by 田沼 at 04:56| Comment(2) | シニアの生活を考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする