2017年11月10日

港の食堂に心底ガッカリ

用事で出かけた帰りに通った港町。

その港で働く人々に親しまれている食堂・・というイメージの看板が目につきました。

ちょうど昼食時だったので、進路変更して立ち寄ることにしました。


さぞかし安くて新鮮、分厚い旬の刺身が食べられるだろうと期待しました。

しかし、その期待は大きく裏切られてしまいました・・・が。


先ず玄関先で躊躇しました。

写真がくすんだメニュー表。

2000円前後がずらり。

?????

安くてうまいのが港の食堂のはずです。

おかしい。

?????

それでも、旅の土産話にと中に入りました。


そこですぐにまた絶句。

20171102_122452.jpg中はガランとしているのに、直射日光がカンカンと差し込むカウンターに座るようにと案内。

その案内は無視して、直射日光が当らないテ−ブル席に座り注文したのが天ぷら御膳。

一番安い1750円です。



メニューでは、豪華な刺身に天ぷら、付け出し、サラダ、味噌汁の定食です。

さぞかし・・・と期待が膨らみます。


すぐに膳が運ばれてきたもんで、ここでも疑問符。

何でそんなに早いの?


小さな重箱に作り置きとみられる刺身と天ぷら。

小さな刺身はスーパーのトレイから移したばかりのようにも見えます。

20171102_122156.jpg天ぷらはネチッとしていて、その辺の450円定食よりも劣る味です。

練り物の付け出しは、まさに既製品を切っただけのようです。


サラダは?と思ったら、食堂の端に並んだ食材から取って来るビュッフェ形式のようです。

しかも、その内容が実にお粗末。


玄関での自分の第一印象を大切にすべきでした。

食堂の名前を出したいところですが、営業妨害になってはいけませんのでやめときます。

ああ、悔しい。

1750円を返せ〜!



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posted by 田沼 at 05:46| Comment(0) | B級グルメと酒の部屋 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月09日

田舎暮らし・地方移住の現実を考える

大分県のある集落における「村八分」問題が話題になっています。

「村八分」というのは単なる意地悪とは違って、自治の行事や田植え・稲刈りの協力、水の取得、介護・介助、火事の際の消火活動の拒否等々、地域社会と共存して生きることを困難にするものだそうです。
NB28_12.JPG
つい最近、「村八分」を題材にした小説を読んだところだったので、私のアンテナに引っかかりました。

ただ、大分県での問題が具体的にどのようなことが起こっているか、原因が何であるかということが分かってないもので、そのことに言及することは避けたいと思います。

ましてや、一方的に集落側を非難することも私には出来ません。

しかし、一般的には田舎暮らしや地方移住ということの難しさを浮き彫りにした問題だということは出来そうです。


TVなどの話によると、一時期のブームは去って移住の案件は減少しつつあるらしいです。

移住した人の意識調査で、自然環境のすばらしさは認めるものの人間関係の悩み強く感じているということです。

そのことがブームを下火にしている要因でもあるかもしれません。

田舎の人からするとわがままな都会人に見えたり、都会人から見ると古い因習にとらわれているように見えたり・・・

難しい問題です。



都会で生活していると、善し悪しは別として小さなルールが厳格に守られています。

エレベータに乗ったら右側を開けておくとか、人の家を訪ねる時はアポイントを取っておくとか、時間を守るとかいろいろです。

都会的な生活をする人々にとっては都合がいいことなんですが、地方によってはそうでもない文化になるかもしれません。

都会の人が面食らう地方の文化にもいろいろあるでしょう。

家の中に勝手に他人が入って来るとか、アポイントも取らずに家を訪ねるとか、行事に参加しない時はお金を徴収するとか、時間はアバウトだとか・・・。

文化ですから、長い時間を掛けて出来上がった生活習慣でありルールです。

一概に悪いとも言いがたいところがあります。


もし、都会の人が田舎暮らしや地方移住を考えているのなら、「郷に入っては郷に従え」の言葉通り、性急な変化を求めないことが大切なんでしょうね。

逆に地方においては、人口の減少をくい止め、生活支援の関係を支える人の流入の大切さを重視すべきかもしれません。


当事者でなければ分からない問題であり感情的な問題でもありそうなので、その場に居ないと分からないことが多いんでしょうね。



ある不動産業者さんが言っていました。

「都会暮らしが長い人は、田舎に開発された団地やアパートに住んでいろいろな事情が分かってから古民家でも山小屋でもで生活すれば良い」ということです。

開発された団地なら、ご近所は全部価値観が似ている人が多いことでしょう。



私は生まれてこの方田舎で生活したことがないし、我が儘なもんで濃い人間関係の田舎には向きそうにありませんね。




posted by 田沼 at 08:35| Comment(0) | ゆる〜い絵日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月08日

虚礼と冠婚葬祭からは距離を取ってます

0人ばかりの職場に就職した時、トップは虚礼廃止を口癖にしていました。

もう、40年前のことです。


おかげさまで、盆暮れに品物を送るという習慣も、年賀状を書くという習慣も社会人になって早々に捨てることになりました。

気苦労も労力もお金も要らなくなりました。

この調子で40年間やって来ました。

案外世の中は、自分が思っているほどはこだわっていないようです。

お中元やお歳暮を贈っている人をどうのこうのと言うつもりはありません。

毎年の暮れに年賀状を楽しそうに書いている奥さんを止めたりしません。


人の考え方は千差万別で良いんです。

私はそうしないというだけです。

そして、そのことで何か言われたこともありません。



虚礼というのとはちょっと違いますが、定年後は昔の仕事の集まりにもは来るだけ顔を出さないようにしています。

親戚以外の冠婚葬祭は全て断っています。

いちばん苦手なのが「誰々の何々祝い」という集まりです。

叙勲だの、出版記念だの、退官祝いだの・・。

型苦しいのは苦手なんです。

同窓会だの、OB会だのからも距離を置いています。

少人数の宴会は、大好きなんですけどね。

ha_kenkou_oldman.png
退職間際から今日に至るまで、そんな集まりはほぼキャンセルしています。

随分と不義理なことをしているようですが、私には要らないというだけなんです。

キャンセルしても何の不都合もありません。


退職して3年目。

毎日楽しく暮らしているんですから、案外正解だったかも知れません。

今のところは・・・。



posted by 田沼 at 05:39| Comment(2) | シニアのライフを考える | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする